戸塚宿を行く

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戸塚パルソ通信@メール 第34号

戸塚宿を行く

vol.012-02

芸術の秋に巡る戸塚の句碑・歌碑2

江戸にほど近い宿場町として栄えた戸塚は、多くの文人が育った文化都市でもあります。
今回は、彼らに関わる句碑・歌碑を取り上げます。

○親縁寺・高浜虚子句碑

◆茂り中 日限地蔵の 旗つ々く◆

親縁寺境内。日限地蔵尊の前にあります。
高浜虚子は戸塚をはじめとする横浜市内や鎌倉でも句会を開きました。この句碑に刻まれているのは、昭和八年に、親縁寺で日開かれた句会で詠まれたもの。背面には心願成就として「冨塚山 りやくあらたの 地蔵尊 日限の誓い たのめ諸人」という親縁寺五〇世・哲善師の歌が刻まれています。

○西立寺・⾭崖碑

 

明治から昭和にかけて戸塚で活躍した中島⾭崖の句碑。俳句の他、書画でも名を馳せた他、戸塚町助役や教育委員なども務めました。高浜虚子らホトトギス派の俳人とも交流はあったものの、自身は戸塚・東海吟社、土筆会などで活躍しました。

○八坂神社・詠大御祭歌碑

 

八坂神社境内に建つ、一見お墓の様な歌碑。
長坂知雄の祭歌を、文政三年に、戸塚宿の五〇名以上の有志により建立されたとあります。
内容は、八坂神社の祭を讃える歌です。当時流行していた国学の影響で、飛鳥・奈良時代風の歌碑を作ったのではないかと推測されています。

○番外・高松寺・内田永保 墓

 

これは歌碑ではありませんが、内田永保は、戸塚を語る上で度々出て来る「戸塚十勝」を残した歌人なので、特に掲載する事にしました。
永保は「清水山櫻松」「大日山暁烏」「戸塚積雪」「南向山賞月」「富士の晴嵐」「新澤の流蛍」「磯崎の夜雨」「鶴岡遠望」「海藏の晩鐘」「和田の落雁」、以上、十点の戸塚の風景、名勝を戸塚十勝としました。

※参考:とみづか第38号戸塚の文人特集(戸塚歴史の会)

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