戸塚パルソ通信@メール 第132号
戸塚宿を行く(歴史探訪)
vol063
東海道 旅の目印品濃一里塚
■品濃一里塚
江戸時代、街道の目印として、休憩場所として、一里(約4km)ごとに設置された一里塚。
品濃の一里塚は、江戸・日本橋から数えて9番目、神奈川県内ではほぼ完全な形で残る唯一の一里塚として、神奈川県の史跡に指定されています。(旧)東海道が南北に走るこの場所で、東西の一里塚の今を見てみました。
東海道の西側の一里塚。現在は品濃一里塚公園になっています。
旧東海道から坂道を登ると
神奈川県指定史跡、の碑が見られます。
公園内から南を覗くと、一里塚が非常に高い位置にあることがわかります。
一里塚の北側は公園として開けています。
続いて東側。史跡指定の碑が立っていますが、その隣に「私有地につき」という警告表示。西側と異なり、個人の持ち物なのでしょうか。
さらに東側から回り込むと塚の頂上は「一里塚公園」になっていました。私有地は法面部分だけみたいです。
こちらには「品濃」の名前がついていません。地番的には平戸なので、そのせいでしょうか?
こちらの塚の頂上には桜が植えられていました。江戸時代の一里塚には主にエノキが用いられていて、桜は少なかったそうですから、これは公園として整備される時に植えられたもののようですね。
■品濃一里塚