戸塚パルソ通信@メール 第166号
戸塚宿を行く(地域逍遥)
vol088
戸塚の顔・桜と大橋柏尾川
■戸塚桜まつりで賑わう柏尾川川畔
柏尾川
戸塚区柏尾で平戸永谷川と阿久和川の合流点から発して、藤沢市川名で境川と合流するまでの全長11kmの二級河川。流域面積は84平方キロ。
柏尾川の始点


柏尾川の終点
■常に戸塚と共にあった柏尾川
戸塚の中心を走る柏尾川。
江戸時代から川さらえ(浚渫)や改修工事で、大きな被害が出ない様、人々はこの川の制御に苦心してきました。
天保の頃(1830年代)、歌川広重の東海道五十三次に柏尾川にかかる大橋が取り上げられると、江戸市中にも聞こえる名所となります。
安政3年(1856)には、大水により決壊した堤防を回収した際に、多くの桜が植樹され「柏尾川の桜並木」の原型となります。
明治期には1000本の桜が植樹され、昭和の初期に最盛期を迎えます。
与謝野鉄幹・晶子夫妻も訪れ、その絶景を歌にしています。
ながながと三万人の人影をまじえて霞む堤の桜(与謝野鉄幹)
咲く花の空につづける幕打ちて正しく走る柏尾川かな(与謝野晶子)
ソメイヨシノの寿命は60年程度と言われ、樹木の中では短命です。
明治に植えられた桜が寿命を迎える頃、日本は第2次大戦に突入し、物資不足もあり、柏尾川沿いの桜並木が一時期全滅します。
戦争が終わると昭和21年(1946)から金井遊水池整備など、改修が進みます。
昭和28年(1953)には2000本の植樹が行われ、昭和32年(1957)には、第1回の戸塚桜まつりが開催されますが、昭和33年(1958)の狩野川台風で流域に大きな浸水被害が発生します。
その後も度重なる氾濫に対して昭和51年(1976)国の激甚災害対策緊急事業として、本格的な対策が施されます。
その過程で、多くの桜が伐採されることになるのですが、新たに500本以上が植樹され、「柏尾川の桜並木」が守られました。
令和7年(2025年)には、桜の木の老齢化や病虫害により徐々に減少している桜並木を守るため、戸塚区は「柏尾川桜並木保全・再生計画」を立案し、対策に乗り出しています。
■柏尾川












