戸塚パルソ通信@メール 第84号
戸塚宿を行く(歴史探訪)
vol.037-01
古代のロマンを今に・戸塚の古墳冨塚古墳
開発の進む戸塚の街。そんな中でも、古代のロマンを今に伝える多くの古墳が健在なのはあまり知られていません。今回は戸塚の語源ともなった富塚古墳に行ってきました。
◯冨塚古墳と冨属彦命(とつぎひこのみこと)
富塚古墳は、相模国造・冨属彦命の墓とされています。そのため、この古墳(塚)は、冨塚と呼ばれ、戸塚の語源になったといいます。
冨塚古墳は全長約32mの前方後円墳。世界遺産になった堺の百舌鳥・古市古墳群にみられる古墳と同系統の形ですが、前方部が比率としては小さく、ちょこんとした可愛い感じになっています。
これは自然の尾根を利用して築造されたためと考えられています。
戸塚の中心として尊崇され、冨属彦命の神託をうけた源義家が、当地に冨塚八幡宮を建造したと伝わります。
古墳から冨塚八幡宮の屋根が見えます。
大変残りがよく、古墳らしい景観を今に残すとされている墳頂部分。
こんもりとした丸い形は人工的に成形された感じがします。
鬱蒼とした植生が残っています。
古墳内の石階段の上に鎮座している稲荷神社
公園も整備されていましたが、水道はあまり使われていないらしく、ある程度、水を流してから使ってくださいという注意書きがありました。
平成二十二年の調査では出土品や遺物の発見はなかったという冨塚古墳。5世紀ごろの築造と推定されています。
1500年以上昔から、戸塚が栄えていたことを示す冨塚古墳。これからもその姿を伝えていきたいものです。