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戸塚パルソ通信@メール 第109号

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2022年1月

演劇で防犯・啓発活動俳優 はだ一朗さん インタビュー(3)

表現のチカラで、防犯啓発に邁進する、はだ一朗さん。役者人生の原点とは

2019年4月・5月 激富2019『Vapor Trail 〜想いの真ん中〜』にて

パルちゃん:「表現のチカラ」で、防犯啓発を進められているはださんですが、表現活動はいつ頃から始められたんですか

はださん:忘れもしません、1995年。NODA MAPの「贋作 罪と罰」という舞台を見て、感動のあまり号泣しまして。私はこれがやりたかったんだ、と。たまたまその時、膝の上に乗っていたチラシの束から劇団員の募集をしていた「劇団☆新感線」を見つけ、勢いでオーディションを受けたんです。

パルちゃん:え?違う劇団を受けたんですか

はださん:はい。演劇界というのを全く知らなかったんです。

パルちゃん:それまでは何をなさっていたんですか?

はださん:「劇団☆新感線」に入る前は、京都でサラリーマンをしていました。

パルちゃん:そこを辞められて

はださん:ええ。笑っちゃうんですが…学生時代にギターを覚えまして、今にして思えば技術は全然で、大きな勘違いをしているのですが、就職活動中に「プロデビューしたら、退職します」と大言壮語を口にして歩いていたものだから、どこも採用してくれなくて。1社だけ、採用してくれたところだったんですが

パルちゃん:えええ?

はださん:採用担当者さんが、私のことをすごく気かけてくれて、退職した後も、舞台を見にきてくれたりしてました。今でも、応援してくれてます

パルちゃん:良い方に巡り会ったんですね。ところで、「劇団☆新感線」といえば、その頃から、もう人気劇団で、なかなか”何も知らない”人が合格できるようなところではないと思うんですけど

はださん:そうですね。古田新太さんとか羽野晶紀さんなんかは、バラエティやCMに出たりして、すでにスターでした。だから、オーディションを受けにきた人たちは皆、いかにも「演劇やってます!踊れます!歌えます!」みたいな人たちばっかりで、レオタード姿なんですよね。その中でジャージを着ていたのは私と、タイソン大屋だけでしたね

パルちゃん:ああ、今、「表現のチカラ」で、一緒に活動されてるタイソン大屋さんとは、その時に出会われたんですね?
で、その中で合格された

はださん:主宰のいのうえひでのりさんがいうには、「新感線を知らない人間、何も知らない、何にも染まってない人が欲しかった。あとタッパのある役者が必要だったから」だそうです。


1996年12月 劇団☆新感線新人公演 新感線GENERATIONS「PEACH!」にて
盟友のタイソン大屋さんと


パルちゃん:そこから役者人生が始まった

はださん:私のデビュー作は「ゴローにおまかせ3〜後ろから前から〜」という舞台でした。私が役者になった!ということで、年配の親族が、地方から押しかけてくれまして

パルちゃん:よかったですね。

はださん:。。。。。。。

パルちゃん:どうしました

はださん:この作品は新感線の中で「おポンチ系」と呼ばれる、ハレンチなギャグ漫画的な世界観のお芝居で、下ネタオンパレードなんですね。ド派手な音響と照明の中で、ドリフみたいな笑いが展開されます。そこで私が演じたのは(伏せ字)で(伏せ字)で(伏せ字)

パルちゃん:(赤面)

はださん:な、ものですから、意気揚々と観劇に来た親族と、それを接待した両親が、帰りにはかなり微妙だったみたいで


1995年8月 劇団☆新感線 1995年秋公演「ゴローにおまかせ3~後ろから前から〜」にて


パルちゃん:そ、そうですか。でもその後は普通の舞台でもご活躍をされたんですよね

はださん:いえ。新感線の中にいると、周りがとにかくすごい人たちばかりなので、自分がどんどん劣等感の塊になっていきました。うまく自己表現ができずで。退団した時には悔しいというより、どこかホッとしたのを憶えています。
で、見るに見かねたんでしょうね、先に新感線を退団していた先輩のフランキー仲村が声をかけてくれ、今、所属している劇団「げきとん/gekitong」に籍を置くようになりました。

パルちゃん:すごい人と一緒にいるご苦労ですか、、、

はださん:「げきとん/gekitong」に移籍しても、周りの目が気になりすぎる性格は変わらず、劣等感にも拍車がかかり、、、、
2010年頃から、ジストニアを発症しました。これは不随意運動といって、自分の意思に反して体が勝手に動く病気なんです。私の場合は、勝手に首が動いてしまう。
長年積もり積もったものが出てしまった感じです。演技をしていても、まっすぐ前を向けない、見たいところを見られない、痛みで役に気持ちが入らない、という状態で。
様々な治療も全く効かなくて、しんどくて、一時、芝居から離れたんですが、フランキー仲村が「芝居で病気になったのなら、芝居から逃げてたら、絶対治らんぞ」と。


2006年7月 激富2006 『HANAMIZUKI〜熱き心に、AGAIN〜』にて※初めての悪役でした。

2007年7月 激富2007灼熱舞闘会『恋戦〜戦国妖奇譚〜』にて


パルちゃん:波瀾万丈な表現者人生ですね。

はださん:この症状を改善させるには「周りを意識せず、自分で自分を認められるように」「ポジティブに動けるように」根本的な性格を変えてゆく必要があると考えまして、この気持ちが、「表現のチカラ」に繋がっているんです。
先頭に立って企画するのも自分、失敗して恥かくのも自分、自分が看板。自分で自分を褒めなきゃ続けられません。頑張った成果もあって、かなり性格も変わってきたんじゃないかなと思います。おかげさまで表現のチカラも少しずつ前進している手応えがあるので、ジストニアの症状も必ず改善すると信じています。
これからも、芝居から逃げず、表現者として社会に貢献します。

パルちゃん:ありがとうございました。


2017年7月 クロスロード〜出会うはずの無かった男二人の物語〜
※二人芝居の両方の役を演じる公演で、シェイクスピア役。

2017年7月 クロスロード〜出会うはずの無かった男二人の物語〜 ※井原西鶴役