戸塚宿を行く(歴史探訪)

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戸塚パルソ通信@メール 第103号

戸塚宿を行く(歴史探訪)

vol043-2

戸塚最初の小学校戸塚小学校(2)

明治5年から6年にかけて創立された「小学校1期生」について調べました。

●横浜最古の小学校は?

横浜市の資料によると、横浜市立小学校の中で一番古い歴史を持つのは緑区の山下小学校で、明治5年の8月を学校創立の日としています。
文部省が学制を公布し、小学校が設置されたのが明治5年の8月2日なので、公布直後に学校が創立されたことになり、いくらなんでも準備期間が少なすぎると考えられます。

文部科学省のサイトによると、学校制度の整備は明治政府の喫緊の課題として、廃藩置県という大変革の混乱の中にもかかわらず、明治4年に文部省の立ち上げとともに推進されたとあります。
わずか一年で、日本全国に新制度を導入するのですから、そのスピードの速さは想像を絶します。
驚くべきことに、小学校を作ることは決定し、学制を公布したにも関わらず、学校設立のための国家予算は「なかった」とのこと。
正確には、大蔵省との折衝が間に合わず、予算措置がないまま制度が走り出してしまったということのようです。

そこで、多くの場所で、新たにお金をかけずに子供たちを教育する場所として、寺子屋に白羽の矢が立ったものと思われます。
多くの場合、寺子屋の看板が「学舎」という小学校の前身の看板に掛け変わった時を、小学校の創立としているのに対し、山下小学校の場合は、小規模だった寺子屋や学問所を一箇所に集めた日を創立の日としているため、突出して早い可能性があります。

●江戸時代の寺子屋の様子

寺子屋の筆子と女性教師 一寸子花里「文学ばんだいの宝」(パブリックドメイン)

横浜市の場合、翌年の明治6年に31校が創立されます。
戸塚区は、戸塚小学校一校のみで、栄・泉・瀬谷区はゼロ。同時期に磯子区や金沢区、鶴見区では3校、港北・青葉区や南・港南区は4校開校しており、戸塚の学校数の少なさが目立っています。西区・都筑区も明治6年の創立校はゼロで、これは学齢人口の違いなのか、地域性なのかまではよくわかりません。
神社仏閣の多い戸塚地区は、江戸時代には寺子屋のような民間の学問所が盛んだったことがわかっています。
寺子屋が盛んすぎたために、逆に学制への移行が遅れた可能性はあるかもしれません。
戸塚地域に、次の小学校ができるのは、明治9年に田谷地区の千秋小学校、その後は明治23年の瀬谷小学校、明治25年の中和田小学校、川上小学校であり、他地域に比べてスローテンポと感じてしまいます。

横浜市は、2020年に市立小学校6校の建替え基本構想を策定し、2026年までに終了させる目標を発表しています。
戸塚小学校の建替え事業もその構想の中に含まれていて、2023年の創立150周年に合わせられるよう、事業計画を進めているそうです。

●戸塚小学校

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