戸塚パルソ通信@メール 第40号
戸塚宿を行く
vol.015-02
古道を歩く柏尾通り大山道2
江戸時代に、江戸近郊の行楽地として栄えた大山。大山に向かう道は数本整備されたそうですが、そのうちの一つ「柏尾通り大山道」は、戸塚区の不動坂で東海道と分岐しました。今回は「戸塚区・泉区」の大山道を歩きます。
○岡津町
大山道が泉区に入る場所が岡津町。戸塚宿設立の立役者の一人、彦坂小刑部も務めた岡津の代官所(岡津陣屋)があった場所です。
岡津町の信号 岡津町の信号から踊場方面へ入ったところにあるのが「普光寺」。
室町時代の開基で、八十八ヶ所お砂踏み霊場があります。
阿久和川沿いに戻ります。
植え込みの中に「三島神社」の碑が立ちます。
○三島神社
阿久和川を天然の堀にする形で、大山道沿いにあったという岡津代官所(岡津陣屋)。元は岡津城と呼ばれる後北条氏の城で、防壁となる土塁が張り巡らされています。岡津小学校・中学校付近が陣屋跡と考えられています。三島神社は村社ながら、奈良時代の相模風土記にも名前が見える、歴史ある神社です。
岡津が古くから重要な地点だったことがわかります。
岡津小学校正門三島神社参道 境内から眺めると、岡津小学校を越えて、大山道が見下ろせます。 かつては校庭内を三島神社の参道が突っ切っていたとか。 大山道に戻ります。三島神社前の橋は「宮前橋」
○西林寺
大山道を西へ向かいます。「白百合団地入口」の信号で、ちょっと南へ入ると、西林寺があります。
西林寺は、戸塚駅前の清源院(戸塚駅前の葵の御紋・清源院)を開いた徳川家康の側室、お万の方が隠棲していた庵のあとに、神奈川宿から移転してきたと言われる浄土宗のお寺です。
大山道へ戻り、さらに行くと、欄干が美しい「新岡津橋」 「不動橋」を渡ると、、、
○永明寺・永明寺別院
岡津山永明寺という堂々とした石柱が見えます。
不動明王を載せた、大山道の碑。「大山道 右ほしのや道」とあります。
ほしのや道は、座間の「ほしのや観音」へ向かう、坂東三十三観音巡礼の道。
先ほどのお寺は永明寺(ようめいじ)の別院。本院はこちら、と仏像が指差します。
どどーん。 動物園?もあったのでしょうか? 本堂です。
永明寺は太田道灌の孫とされる太田宗真が開いたとされ、江戸期には領主・黒田氏の庇護を受けて復興したというお寺。関東大震災で被害を受けたため、現在の別院の地に移転していたが、平成4年に再び現在地に帰還したとのこと。スケールが大きい!
◯地神塔
永明寺をあとにして、擁壁沿いに進みます。
道端の野菜の無人販売
見事な枝ぶりの桜!
地神塔の解説板
現在の桂坂の登り口に立っていたものが、宅地造成の時に現在地に移されたとのこと。
「下り かしを道、上り 大山道」と記され、道標を兼ねています。背後には戸塚のイベントでしばしば見かける相州泉美野太鼓の車が、、、、
竹やぶを見ながら進むと
桂坂公園の中に入って行く大山道。
公園を抜けると、、、
綺麗な階段になっています。
古道というより、おしゃれなアベニュー。
アベニューを抜けると西が岡二丁目の信号。
ディープな岡津で寄り道しすぎて、今回は、ここまで!次回はピッチを上げて進みます。
○今回のルート:岡津〜西が岡二丁目